”瞽女(ごぜ)さん”をご存じでしょうか?
私は、訪問マッサージで伺っている90代の方から聞いて初めて知りました。
昭和初期の頃まで、盲目の女性たちが三味線と唄で村々を巡業し、生計を立てていたそうです。
その方は長野出身ですが、子供の頃農家に新潟から、ごぜさん達が来ていたのを覚えていると
おっしゃっていました。
新潟でも長岡のグループと高田(私の生まれ故郷)のグループのごぜさんがいたようで、
こちらに詳しく載っていました
↓
http://web.nou.ne.jp/~gozeyado/etigogoze.html
娯楽の少ない昔の農家の人々にとって、ごぜさんの芸はとても楽しみだったのですね。
また、ごぜさんには特別な霊力があると考えられ、尊敬される存在だったようです。
現在と違って福祉制度がきちんとしていなかった時代、目が不自由な中で生きていくことは
大変困難なことだったと思います。
特に、男性は按摩マッサージ師になれても女性の場合は、ごぜさんという道しかなかったようです。
そんな中でも、努力して芸を身につけ、人々を喜ばせ敬われるまでになる女性たち、
素晴らしいですね。
ご高齢の患者様には、いつも為になるお話をして頂いてありがたいです。
その方たちの歩んでこられた歴史を感じました。
まさに生き字引のような方々!昔のことを生き生きと語ってくださいます。
今後もいろいろなお話を楽しみにしております。
私は、訪問マッサージで伺っている90代の方から聞いて初めて知りました。
昭和初期の頃まで、盲目の女性たちが三味線と唄で村々を巡業し、生計を立てていたそうです。
その方は長野出身ですが、子供の頃農家に新潟から、ごぜさん達が来ていたのを覚えていると
おっしゃっていました。
新潟でも長岡のグループと高田(私の生まれ故郷)のグループのごぜさんがいたようで、
こちらに詳しく載っていました
http://web.nou.ne.jp/~gozeyado/etigogoze.html
娯楽の少ない昔の農家の人々にとって、ごぜさんの芸はとても楽しみだったのですね。
また、ごぜさんには特別な霊力があると考えられ、尊敬される存在だったようです。
現在と違って福祉制度がきちんとしていなかった時代、目が不自由な中で生きていくことは
大変困難なことだったと思います。
特に、男性は按摩マッサージ師になれても女性の場合は、ごぜさんという道しかなかったようです。
そんな中でも、努力して芸を身につけ、人々を喜ばせ敬われるまでになる女性たち、
素晴らしいですね。
ご高齢の患者様には、いつも為になるお話をして頂いてありがたいです。
その方たちの歩んでこられた歴史を感じました。
まさに生き字引のような方々!昔のことを生き生きと語ってくださいます。
今後もいろいろなお話を楽しみにしております。
# by meow-nekonote | 2012-05-22 23:20 | 日々のこと | Trackback | Comments(0)





